
トランプのHuaweiへの制裁って去年からじゃん?強化されたの。

そうなんだ。今回、Huaweiへの制裁が強化されたよ。
TSMCという巨大企業を巡る米国の目論見も垣間見える。米中新冷戦の視点から、このニュースを解説、考察し、スマホ業界全体今後の展望を予想していくよ。
Huaweiへの制裁は延長・強化された

米国政府は昨年5月に中国との貿易戦争の一手として、Huaweiへの制裁を行いました。これにより、HuaweiとHuaweiの関連企業114社は米製品輸出禁止対象企業として、「エンティティリスト」へ追加されました。エンティティリストに追加されたことによる最大の影響が現れたのはGoogle Mobile Service(GMS)の非搭載です。具体的には、Google Play Store、Google Map、Gmail等々が使用不可能になりました。これにより、2019年のMate 30シリーズを含め、グローバル市場でのHuaweiのスマホ販売は危機にさらされました。
しかし、中国国内ではそもそもGoogleが強力なネット規制により使えないので、主戦場である中国で売れに売れ、Huaweiスマホは驚異的な売上を叩き出し、業績は下がるどころか上昇しました。更にQualcomへの依存度を減らし、Hisiliconによる自社生産半導体部品を用いることで、自社生産を拡張してきたのです。
ただ、今回新たに発表された制裁は更にHuaweiにとっては酷なものとなりそうです。それは、米国の製造装置を利用した半導体の輸出に関する規制を行います。この制裁は半導体生産を担う工場への影響を鑑み、120日後に有効になります。
Huaweiへの制裁強化のアメリカ側の根拠は2つで、一つはイランに対するHuaweiの制裁を破ったこと、そして、中国政府がHuaweiにより国外で監視ネットワークを構築することを手助けしたことです。後者に関しては、Huaweiが中国政府の一帯一路戦略に組み込まれており、権威主義の国に監視カメラや5G機器を多数設置しスマートシティー計画を後押しし権威主義を強化していることや、5G機器の傍若性と北京への情報漏洩の危険性のことを指していると思われます。
米国製の製造装置での部品が全制限されるわけではない

ただし、アメリカ政府にライセンスを申請し通れば販売は可能です。このライセンス認証に関しては昨年の制裁でも行われており、300社が申請し処理された半分のうちの半分はライセンス認証が通り、半分は却下されました。つまり、1/4は申請が通ったのです。最も有名な例だと、Microsoftのソフトウェア輸出が許可され、現在もHuaweiは新型PCにWindowsを搭載することができています。実際、筆者のMate Book D15も制裁後ですがしっかりとWindowsが動いています。なので、米国製造装置で作られた全部品が輸出を制限されるわけではありません(Reuters)
ただし、Googleはライセンス認証を求めても未だに通っていないので、通らない場合も多いということでしょう。
世界最大のファブレスTSMCとは?

今回の制裁でHuaweiとその関連企業以外で最も影響を受けるであろう企業はTSMCです。TSMCについて話す前にIT業界のビジネス手法をおさらいしていきます。
現在の半導体産業のビジネスは分業化が進んでおり、設計と製造が別れていることがほとんどです(SamsungやIntelは除く)、例えば、Appleは独自のチップセットでスマホを作っていますが、チップの製造を行っているだけに過ぎず、自社でのチップの製造ラインを持ち合わせていません。これをファブレスというビジネスモデルと言い、TSMCを始めとする、ファウンドリに製造を委託して製品化するのです。これが現在のIT界での標準的なビジネス形態となっています。
そして、TSMCは半導体製造における最大のファウンドリとなっています。なんと、Apple、Qualcom、Mediatek、PCの業界だと、AMD、NVIDIAなどほとんどのファブレスを顧客として持っています。そして、近年、最も成長が激しく、Q1の収益の14%に占めるまでに至ったのが、Hisiliconです。HisiliconはHuaweiの関連会社でファブレスビジネスを行っています。Huaweiのスマホに搭載されているKirinチップを設計しているだけでなく、各国に普及しつつあるHuaweiの5G基地局のチップも設計しています。繰り返しますが、Hisiliconはファブレスなので、チップの製造まではしていません、ファウンドリであるTSMCが製造しています。
前回の制裁では米国製部品の使用ができなくなるだけでしたので、TSMCでのHisiliconのチップ製造には影響を及ばしませんでしたが、今回の制裁では、米国の技術及び製造装置の利用まで禁ずるので、TSMCはもろに影響を被ることとなるでしょう。
Huawei制裁はTSMCを巡る攻防戦!?
このHuaweiへの追加制裁を額面どおり受け取ると、Huaweiの覇権獲得の阻止、中国の一帯一路戦略の妨害、軍事上の機密上の懸念などが思い浮かびますが、筆者はアメリカ政府にはもう一つの狙いがあると思います。それはTSMCを巡る攻防です。
TSMCはどこの企業かというと、実は台湾の企業です。台湾には新竹という台湾版シリコンバレーが存在しここでTSMCは世界初の7nmプロセスの半導体を初め多数のチップを製造しています。米国はロサンゼルスを始めとする、多数のファブレス企業が国の経済を回しており、そのほとんどがTSMCに依存しています。しかも、そのTSMCは中国が自国の領土だと主張する台湾にあるのです。米国政府としては有事の際に、サプライチェーンが脅かされるのが怖いわけです。なにせ、IT産業は米国経済の要ですから。もちろん、軍事機器にもチップが使われるのも理由の一つです。
そんな、状況の中、アメリカは国防の観点から、TSMCやIntelに工場をアメリカ国内に作るように要求してきました。
そして、米国が追加制裁を発する直前の5/14にTSMCが米国アリゾナ州に次世代の5nm製造プロセスを持つ工場を作ると宣言したのです。建設は2021年に開始され、2024年に操業開始され、1600以上のハイテク専門職、何千もの仕事をアリゾナ州にもたらします。TSMCはこのアリゾナ州の5nm工場に2029年までに120億ドルもの支出を行うようです。
この工場誘致はなにか繋がりがあると思えてきます。TSMCは米国に工場を作ることには人件費等の面で経済合理性は低いですから、米国の要求を飲んだのでしょう。おそらく、アリゾナ州での演説ではトランプ大統領がいつものように、「私が大統領のおかげで、莫大な雇用がアリゾナ州にもららされた」と自慢するはずです。
このTSMCの宣言の直後に、米国政府はHuaweiへの追加制裁を発表しました、見方によっては、TSMCが工場を作る確約をしてから米国が制裁を発表したとも思えますが、さすがにそのような小賢しいことは米国政府はしないでしょう。
ここからは筆者の推測ですが、米国政府はTSMCの工場誘致の際に、この制裁の話をちらつかせていたのでしょう、それにより、コストの面で渋っていたTSMCは米国での工場建設に向けて動き出したと推測されます。その代わりに、Huaweiへの制裁の際にはライセンス認証をある程度は認可するかもしれません。でなければ、TSMCの大顧客であるHuaweiと取引停止させられ、コストアップする米国での工場設立までさせられるなんて、たまったものではありません。それとも、前回の制裁時にTSMCが25%ルールを用いて引き続きHuaweiと取引してきましたが、今回は封じられました、ただ、似たような手法での取引を黙認する可能性はあります。
しかし、だとすると、この制裁自体がパフォーマンスとなってしまうので、折り合いどころでは5nmプロセスが採用されると言われている、Kirin 1020などの最先端SoCの供給は制裁発動後には辞めさせ、7nmのKirin 990の供給は許可するのかもしれません。米国政府は中国企業が自国の技術で不当に利益を得ており、一世代前ならともかく、最先端SoCまで作られるのは気に食わないと思っている節があるのでこの線もありうるかもしれません。
Mate 40シリーズは問題なく発売されるだろう

どちらにしろこの追加制裁は120日後の9月に開始されるので、5nmで5G統合モデムと噂されているKirin 1020搭載の噂のMate 40シリーズは、Mate 30シリーズ同様に9月発表であれば影響はでなさそうです。HuaweiはIMX700などHuaweiのスマホを最強カメラの名を轟かせることにSONYは貢献しており、今後、HuaweiがSONY製イメージセンサーを搭載できるかは不透明ですが、少なくともMate 40シリーズへの影響はないでしょう。
Mate 40シリーズはHarmony OS搭載や画面下カメラ搭載など興味深い噂が多数でているので、待望している人には嬉しいニュースです。
【追記】
日経新聞によるとTSMCは僕の予想通り、9月中旬までの取引はするようです、よってMate 40シリーズへの問題はありません。ただ、その後は米国が承認しない限り、新規取引は制限されるようです。
Huaweiと中国製スマホの今後の展望;SMICが救世主となる!?

さて、その先の話を考えていきましょう。問題はP50シリーズ以降です、仮に追加制裁により、Huaweiにとって最悪のシナリオである、TSMCとHuaweiの取引が一切禁止される場合を考えます。

Huaweiには実はTSMC以外にも半導体製造担っているメーカーがあります、それは上海に本拠地を置いているSMICです。SMICはTSMCに比べればファブレスとしての能力は低く、現在は14nmプロセスでの製造しかできません、5nmまで可能のTSMCとは技術力には雲泥の差があります。HuaweiはこのようにTSMCからの半導体供給が絶たれる懸念を持っており、SMICへの移行を段階的にすすめていました。最近の話では、12nmのTSMC製のKirin 710の低クロック仕様のものとして14nmのKirin 710Aを開発しSMICで量産体制に入り、Kirin 710Aを搭載したHonor Play 4Tを製造しました。(ReaMEIZU)
更に、SMICは技術開発を活発にすすめており、7nmプロセスの研究開発も行っており、2020年Q4には限定生産に入るようです。ただ、この7nmプロセスのチップはTSMCやSamsungのものより品質は劣るものとのことです。(EE Times)
このように、中国にはTSMCの代わりにはなりませんが、一応ファブレスもあり、TSMCとの供給をHuaweiが絶たれる恐れのある状況では、国防の観点からも中国政府はSMICを援助するでしょうし、当然、HuaweiはSMICの最大の顧客として、支えていくことでしょう。数年経てば、TSMCに迫るファブレスに育つ可能性は十分にあるでしょう。
しかし、現状、Kirin710A程度のAntutu 20万点にも満たない低性能なSoCしか制作できない、SMICがTSMCの代替にはならないでしょうから、他の7nmプロセスSoCを作れるファブレスであるSamsungのExynosチップを用いる、もしくは、Kirinチップを製造してもらうという荒業を用いる可能性もあるとは思います。ただし、こちらも米国の制裁の射程範囲である可能性は高いのでなんともいえません。
中国政府は今回の制裁に対し、Apple,Cisco,Qualcomへの報復制裁も示唆しています。どのような動きになるのかは予測は困難ですが、Appleはまだしも、Qualcomへの制裁は厳しいでしょう。中国スマホ各社はフラッグシップからエントリーに至るまで、Qualcom製SoCである、Snapdragonに高度に依存しており、そんな自社の首を締める真似はできないでしょう。
しかし、SMICが能力を向上させていけば、HuaweiはKirinチップを他社に販売する計画もあることなので、あるときにはTSMCからの依存を脱却することができるでしょう。その時にトランプ大統領が再選するなど同じような状況が続いていれば、中国は遠慮なくQualcomへの報復制裁を発動し、中国国内生産のKirinチップで運用していくこととなるでしょう。そして、Huaweiだけでなく、OPPO、VIVO、XiaomiスマホすべてがKirinチップとなるというシナリオも考えられるわけです。(もちろん、各社自社製SoCの研究もしているようなので、自社製のSoCをSMICで生産する可能性も高いです)
ちなみに、SONYの代替企業としては中国の投資家に買収されたOmniVisionが考えられます。OmniVisionのイメージセンサーは廉価機種に搭載されるので、あまり評判は良くないですが、Huaweiとのコラボで上手く成長するかもしれません。
テクノロジーは中国とその影響国、米国とその影響国で二分される状況が進んでいく方向に現在の貿易戦争を見ていると思えてきます。それが、米中貿易戦争の結末かもしれません。少なくとも、米国はTSMCを自国に工場誘致をすることで、来る分断の時代に備えているようにも見えます。
この貿易戦争の結果、SMICが成長しファブレス大国として中国が成長していくか、TSMCが痛手を負い、Qualcomなどのシェアを削る結果となるのか、Huaweiが制裁に耐えきれず崩壊するのかは誰もわかりません。